父の日 | ヒャンリ、心の日記☆

父の日

父の日。

と言っても、生まれてこのかた、父の日に何かした記憶が無い。

幼稚園の頃は、授業の中で絵でも書いてプレゼントしてたのかもしれない。

でも、記憶に残る範囲ではない。


(↓ここからは、真面目で、私的な内容になります。)


パパとあたしの関係は・・・。

はっきり言って何もない。

物心つく頃には、パパ大嫌いで、中学に入ってから話した記憶が無い。

『おはよう』 『おやすみ』 『おかえり』 『ただいま』 の挨拶すらした覚えも無い。

そう、6年くらいはあたしは反抗期を通り越した反抗期だった。


パパは仕事人間で、私が小学校に入学する時に自分で商売を始めた。

だから、付き合いがとても多くて、正月以外は一緒にご飯すら食べたことも無い。

旅行なんてもってのほか。


私の記憶に残るパパは、『怒ると手がつけられない人。』

そんな印象。

中学の頃、興味本意で友達が私の家でタバコを吸った。

無知な私は、後処理することも無く、放置してた。

そしたら、パパが見つけて、何も言わずにビンタされて、怒鳴られた。

私には、反抗する力も無く、ただ黙って、目でキレた。


そう、その日から、パパとは一切口を利かなくなった。


そうして、5年の月日が流れ・・・。

それでも話すことなんて、今更何も無かった。

本当に些細な些細な事から始まった反抗期。


でも、私はどうしてもあの時のパパが許せなかった。


それからも、月日は流れ、私は19歳の春、一浪して大学生になった。


その頃パパの会社が傾きかけ、私は学費を払ってもらう事にどうしても、お礼を言わなければならない。

そう思って、一生に一度の勇気を振り絞って、パパを食事に誘った。


たった一言、『ありがとう』 を言うだけなのに、

何時間もかかった。

話す内容はこの6年でたくさんあるはずなのに、

何から話すのか、どうしたらいいのか。

2人の間に、ぎこちない時間だけがただただ過ぎていった。


そうして、ようやく2時間ほどたった時、

『パパ、大学の入学金払ってくれて感謝してる。4年間ちゃんと勉強します。ありがとう。』


そう言えた。


パパはただ一言、『ごめんな。』


そう言った。


その言葉を言うパパの目は少し涙目で、その言葉にどれだけの思いがこもってたか、

たった一言なのに、私にとってはすごく意味のある言葉だった。


それから、しばらくして、パパは家から出て行った。


今思うと、あの時のパパの気持ちがもう少しわかる気がする。

あの時とは違った気持ちも、理解できる。


パパは、ものすごく仕事頑張ってる人だった。

家族にはとっても口下手で、きっと自分の言いたいことの2割も言えないような人だった。


それは、今なら、男のプライドでもあったんだろうな。って思う。



私がものすごくパパの性格に似ているから、よくわかる。

昔は、ママにパパにそっくり、って言われても否定するだけだった。

でも、今は、うん納得。


家より、友達といるのを優先して、社交的な私。

それは、淋しいから。

そして、家族には悩みなど打ち明けられなくって、

心配かけたくないって思ってるから。


だから、悩んだら家帰らないし、

余計に笑顔が増える。


それが余計に心配かけるってことも知らないで・・・。


すごくパパの気持ちがわかる。

わかるって言ったって、10分の1もわかってないかもしれないけど、

それでも、昔よりはわかるようになった。

あたし、すごいパパに似てる。


パパに最後に会ったのはいつだろうか。

最後に会ったとき、白髪が増えてて、少し顔に皺が出来てて、すごく淋しかったのを覚えてる。


元気にしているだろうか。

ちゃんとご飯食べているのだろうか。

本当は今、すごく心配。


でも、またこれを伝える事も出来ない。

照れくさいし、何となく、自分からは連絡できない。


きっとパパも同じように連絡出来ずにいるのだろう。

だから、明日勇気を振り絞って、また電話してみよう。

世界でたった一人のパパだから。


みっきーのブログ読んで決めた。

みっきーありがとう。